田中重夫さん愛蔵の版画の中から、柄沢斉の作品を中心とした木口木版約50点が公開されている。
柄沢は、日本で木口木版を表現分野として確立した日和崎尊夫(1941〜1992年)に学び、早逝した師が開いた道を堅固なものとした逸材である。また、その文学への傾倒と共鳴は、安吾研究でも知られるフランス文学者出口裕弘との初期の詩画集「迷宮の潭(ふち)」共作ですでに示され、近年では長編ミステリー「ロンド」の自著もある。柄沢の多才な顔は、他に詩人、オブジェ作家、哲学者、音楽通、食通、酒通と挙げられるが、やはり木口木版の最高峰とするのがふさわしい。
さて木口木版は、ツゲやツバキなど硬質な木を輪切りにし版木とする。日和崎は故郷土佐のツバキを好んだが、柄沢はおおむねツゲを用いている。寄せ木や、他の素材を合成樹脂で被覆し、より大型の版とすることもあるが、限られた版面による精緻な表現こそ、この技法の真骨頂である。鋭い刀が、柄沢の練り上げた想念をえぐり出す。傑作の一つ肖像連作は、バッハからグレン・グルードといった音楽家、ランボー=写真=、プルーストなどの文学者、ミケランジェロをはじめとする美術家まで、古今東西の芸術家たちの創造の本質に肉薄する。「死と変容」シリーズの扉絵に柄沢はこう刻んだ。「すべてを一つの夜が待つ 死を想え」と。
収集とは、生ある限りの、美に対する執着。できれば大型のルーペを懐に忍ばせて、田中さんの価値観もゆっくり味わいたい。