和紙に描かれた絵に目を近づけると、香る石のよう。
石に似た絵肌が水を、北の森の硬い空気を感じさせる。重い風のなかで何かがゆっくり動く。
和紙が石に、石が水に、土に、空気に、静止が動きに重なる。松川孝子の絵は見詰める者の目の中に、異質なものの重音を響かせる。記憶に積み重なった多様な感覚が同時に揺れる。
ピアノの白鍵を思わせる形。地層のように積み重なる青。地中の根を感じさせる黒い線。抽象的な画面と具体的なイメージが重なりあう気配。「土地の記憶」と題された新作では、思いがけず画面がひと昔前の日本画のような、ひっそりとした北の海の風景に変貌している。不思議にそれが唐突と感じられないのは、松川の抽象が具体的イメージの純化ではなく、多様な記憶の重なり合いの姿としてあるからだろう。
昭和初期、新潟の高台に高級官舎として建てられた砂丘館。海の風景は館が立つ砂丘の向こうの日本海と響きあう。
松川は新潟市で生まれ、1973年からフランス、75年から現在まではオーストリアのウィーンを拠点としてきた。水平のストライプが垂直になり、前後に揺れてうごめくものの気配を呼び込んだ「森で」と題されたシリーズには、影の濃いウィーンの森の匂いが漂う。近作では、その垂直ストライプ―黒い木々の向こうに、ゆるやかに波打つ雪の丘陵が現れてきた。砂丘館での展示に触発された、具象化のひとつだろうか。
どこか温かい静かな冬景色は低い重音に、美しいひびのように入り込んだ澄んだ高音を感じさせる。