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渡辺隆次(わたなべ りゅうじ)
1939年東京八王子生まれ。武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)卒。東京学芸大養護科修了。77年から八ヶ岳麓のアトリエで制作を続ける。個展多数。92〜99年武蔵野美大特別講師。99〜2003年甲府の武田神社菱和殿天井画、05〜06年同神社能楽殿の鏡板絵を制作。著書に『きのこの絵本』『八ヶ岳 風のスケッチ』(筑摩書房)『水彩素描集』(深夜叢書)『花づくし 実づくし―天井画・画文集―〈一〉〈二〉〈三〉』(木馬書館)がある。
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ギャラリートーク |
●2006年12月3日
●トーク:渡辺隆次
大倉宏(砂丘館館長) |
同時期開催 |
渡辺隆次展 ●2006年12月2日〜10日
●新潟絵屋 |
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二つの自然 和解までの記録
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大倉宏(美術評論家) |
渡辺隆次はかって「空間恐怖の画家」と評された。初期の作品では細かな形象で画面を覆いつくし、縄文土器やケルトの文様に似ためまいを感じさせた。
東京生まれの渡辺は、30年前に八ヶ岳山ろくにアトリエを持ち、自然の中で制作を続ける過程で、きのこという生物と無生物の中間の存在に出会う。海に引かれていた渡辺の目に、きのこは里山の林床という海底の深海生物に見えたという。写生を始め、続けるうち、一人の画家はいつしか希代のきのこ通になる。
美しいスケッチで彩られた著書『きのこの絵本』(ちくま文庫)は、きのこの不思議と魅力を綴るエッセーであり、内面を見つめる画家がきのことの邂逅を通じて、自然に意識を開いていく物語でもある。
砂丘館では『きのこの絵本』収録のスケッチ全点と初期の作品を含む大作数点が、新潟絵屋では、秋の草花をモチーフにした近作が展示されている。きのこの絵は、江戸期の画家若冲の絵にどこか似て、対象を見つめる画家の冷静な興奮が幻想の気配となって画面に漂う。草花の絵では幻視と自然のモチーフはさらに精妙に溶け合い、桃山時代の障壁画の世界にも通じるような「絵画化された自然」の小宇宙が誕生している。
内面という、もうひとつの自然を発見した「近代的自我」が、山野の自然という「外」と和解する―その困難を時間をかけて引き受け、生きてきた精神のドキュメントを、ふたつの会場のやわらかく美しい空気に感じる。
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