出版不況なのに、新潟の小さな会社が豪華写真集を発刊したと業界の話題になった。それが、この人間写真集「気骨」である。
1973年夏から約10年間、ある季刊経済誌上で写真家細江英公氏が長期連載したもので、当時の財界長老34人が登場する。敗戦のガレキ跡から、企業組織を率いて日本経済を復興させた功労者たちだ。
石坂泰三、土光敏夫、松下幸之助、永野重雄など、いずれ劣らぬ剛の者。連合国軍総司令部(GHQ)による財閥解体、公職追放令など仮借ない体制転換の嵐をくぐりぬけつつ、企業社会を主導し、米ソ冷戦や朝鮮戦争も巧みに利用した。
写真集は彼らの在りし日の雄姿を、生き生きとよみがえらせてくれる。“冒険”とも見える博進堂の出版意図もそこにあったろう。
「大震災で日本の明日に不安が広がる現在、不屈のリーダーたちの仕事をしのぶ」手だとして、これは必要な本なのだと―。細江氏が懇請した大手出版社らは「採算が合わない」と尻込みしたが、当てる物差しが違ったのだ。
博進堂の主力はチラシ、カタログの商業印刷と学校アルバムだが、傍ら硬派な文庫集など小世帯ながら出版部を持つ。田中角栄首相が訪中した72年には記念の写真集も出している。
「気骨」に登場する長老の多くは明治2、30年代の生まれ。もう1、2世代上なら県出身者がかなりいるのだが、ここでは小千谷出身の金子鋭氏(元富士銀行頭取)ひとりだけ。
しかし、戦後の住友銀行で帝王と謳われた堀田庄三氏にとって、六日町出身の大平賢作氏は忘れ得ぬ大恩人。GHQ命令で住友から大平会長が解任されたとき、後事を託された堀田氏はまだ東京事務所長だった。
GHQの占領政策の陰で米英石油メジャーは日本支配を狙ったが、これに戦いを挑んだ民族系の出光興産。タンカー日章丸のイラン派遣や新潟の阿賀沖海底油田もその延長上にある。出光計助氏を阿賀沖試掘井のヘリポート上で細江氏のレンズがとらえている。
福島の第一原発事故から9電力体制に焦点があたるが、電力の鬼松永安左ヱ門氏が電力再編案をまとめたとき、右腕となって松根宗一氏が動いた。その松根氏は新潟へのLNG導入をジャパン・プロジェクトで遂行するよう強硬に主張した一人でもある。
長老たちの活躍した舞台裏には、隠れた新潟との縁が潜んでいるようだ。