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砂丘館 新潟市・佐藤家の五月人形展示

《新潟市・佐藤家とは》
佐藤家(新潟市中央区西堀前通)はかつて古町九番町で「庄内屋」という置屋(お茶屋)を営んでいました。佐藤家の先祖で庄内屋で芸妓をしていた佐藤(庄内屋)シン(1873〜1938)は新潟花柳界が全盛だった明治中頃に新潟で1,2を争う売れっ子として活躍した芸妓で、大正天皇の叔父にあたる伯爵・柳原前光に見初められた美貌の持ち主としても知られています。
 佐藤家が所有する雛人形や五月人形は2007年より毎年砂丘館で展示を行っており、その中でも佐藤シンが集めたと伝えられる明治期の雛人形はご好評を頂いています。今回展示されている五月人形の中でも、武者人形などの古いものは佐藤シンが購入したものと思われます。

《端午の節句・五月人形の歴史》
今では「こどもの日」となった5月5日は本来「端午の節句」といい、男の子の健やかな成長を願う日とされてきました。端午の節句はもともと中国の古い風習が日本古来の厄災をはらう行事と融合したもので、歴史は古く、奈良時代(約1250年前)から始まります。五月は田植えの関係から古来より非常に重要な月とされ、蓬(よもぎ)で作った人形や菖蒲を家の門口に下げて、邪気をはらう行事が行われるようになりました。
 時代とともに端午の節句の意味合いは少しずつ変化し、現在の飾り物の原型が出来上がったのは鎌倉時代と言われています。鎌倉時代の武家社会になると尚武(しょうぶ)の気風が強くなり、槍などの武具や幟(のぼり)を野外に飾るようになりました。江戸時代になると武家を中心に益々盛んとなり、やがて民間にも広まっていきます。江戸の後期には野外ではなく屋内に飾る座敷飾りが中心となり、甲冑飾りよりも見栄えのする人形類が中心となり、次第にその種類も増えていきました。
 この頃から、現在のように、端午の節句は男の子の誕生を祝う行事となり、座敷に五月人形を飾り、その後方には幟や槍などを立て、ちまきを添えて祝うようになりました。

佐藤家 五月人形・解説 (※番号は会場案内図にに対応しています)

(佐藤家の人形はこれまでに専門家の鑑定なども行われていないため、資料や口承の残っていないものは制作年代や由来、詳細が不明のものがありますが、ご了承下さい。)
 
明治期の着物
記念写真の撮影のために晴れ着として仕立てられたものと思われます。

桃太郎人形
もともとセットではなく個々に購入されたものです。ほとんどが新しい人形なので、現所有者の方のお母様が購入したものと思われます。

武者人形
江戸時代中頃に武家から民間にも端午の節句を祝う風習が広まると、鎧兜などの武具類や幟とともに、歴史上の有名な武士を模した「武者人形」が飾られるようになりました。下記の人形も当時、よく飾られていた種類のものです。


(上段)
矢屏風と鎧兜
鎧や甲冑は「具足」ともよばれ、物事が過不足なく揃うという意味も込められています。

(中段)
鍾馗様(しょうきさま)
唐の玄宗皇帝の夢枕に現れて鬼を退散させたという、魔よけ、火除けの神様。子供を病魔から守るという意味で飾られるようになりました。

武内宿弥
(たけのうちのすくね)
はじめて「大臣」を任命され、神功皇后に随行した武将。多くは赤子の応神天皇を抱いた姿で、神功皇后とともにセットで表されます。300年も生きたと伝えられ、延命長寿・武運長久・厄除けの神として神社にも祭られています。

神功皇后
(じんぐうこうごう)
3世紀頃(古墳時代)、14代仲哀天皇の后であったっが、天皇亡き後、ご神託を受けて男装し、政治的手腕を発揮して自ら軍勢を統率した女帝で、懐妊したまま朝鮮制圧へ遠征し、帰国後応神天皇を産んだと言われています。武内宿弥はこの遠征を補佐しました。応神天皇が即位するまで摂政を行い、100歳まで生きたとされる伝説上の人物。(※「古事記」、「日本書紀」に二人の活躍が記述されています。)

加藤清正
豊臣秀吉の家臣で、後に徳川家康に仕える。賤が岳の戦いの「七本槍」の一人。朝鮮半島における虎との戦いが有名。(人形が虎の刀をさしています。)
(下段)
勧進帳
『勧進帳』とは、歌舞伎の中でもよく知られている演目の一つで、源頼朝の手から逃れるため、源義経と武蔵坊弁慶が京都から平泉へ向かう道中、それを捕らえようとする関所の守人・富樫左衛門との間に起こった出来事を題材にしたものです。向かって左から、弁慶、義経、富樫左衛門と並んでいます。
金太郎と乳母の人形

金太郎や桃太郎などおとぎ話に登場する人物も、男の子の健康やたくましさを願うものとしてよく飾られています。
高砂人形

小型の人形は佐藤シンの雛人形(明治時代)と同期のものと思われます。

万蔵人形

お正月に漫才をしてまわる二人をかたどった人形。祝いの意味があります。


砂丘館(旧日本銀行新潟支店長役宅)
〒951-8104 新潟市中央区西大畑町5218-1
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