2023年 5月 13日の催し
中井菜央ギャラリートーク2
日時:2023年4月20日(木)~ 6月18日(日)【終了しました】
みずの刻(とき) 中井菜央の『雪の刻』(2022年、赤々舎)は新潟県中魚沼郡津南町とその近傍の自然と人を招じふうじた、すばらしい写真集だ。 四季ではなく自然、暮らしではなくて人、と書くのは「四季と暮らし」という定型的視点では掬えない、すくいきれない何かが拾われてここにあるからだ。著者がそのことに意識的であることは、季節の時間軸に必ずしも沿わない写真配列と構成、書名にうかがえる。 けれどもっとも雄弁に語るのは、写真集に点綴(てんてい)されるふしぎなポートレート写真だ。初めて本を開いたとき、8枚目の羊歯(しだ)の群落を行く女の後ろ姿の9枚あとにあらわれる、満月に似た男の顔を正面で撮った一枚におどろかされた。同じように人を正面、中央にとらえた写真はその後のページにも年齢、性、服装、背景を変えて、くりかえしでてくるのだが、合間の印象と呼応しながらこれらが指し示しているものの輪郭が理解されてきたのは、この本を何度手にとったかもう分からなくなってからのことだった。 正面、中央のポートレートで思い出されるのは牛腸茂雄の『SELF AND OTHERS』だが、牛腸の人が私(写真を見るもの)を見つめている、一瞥を投げているのと少しことなり、中井の写真の人はその一瞥のあと、またはまえ、あるいはそこを通り越した位置にあるような、私を見ているようで見ていない、と感じられるふしぎな目をしている。 目は一瞥で見られるものを押し倒しもする強い針だ。その圧がつくるくぼみの傾斜に沿って落ちてくるものを、見られる私の意識と無意識は受けとる。けれど圧の減じたこれらの目の生むくぼみは浅く、傾斜のへりの向こうにゆるやかにつらなっている。 ポートレートのなかでことに印象的な一枚で、少年が水路に身を乗り出している。その目はこちらを向いてはいるが、見てはいないようだ。少年は聞いているのだ、ながれる水を。と書くだけでは足りない、というのはまさに彼が「身を乗り出して」いるからで、少年は水に、みず(水の姿を越えた何か)に、耳につながる体を澄ましているのである。 そして、そのことが、どのポートレートにもあらわれている。この写真集の人々は体を澄ましている。何にか。それを中井は「雪の刻(とき)」と表現した。 滋賀に生まれ、まれにふる雪の降るさま、消えるさまに心を奪われた体験から雪の撮影を思い立った中井が、北海道、東北の雪などを尋ねあるいたのちに、新潟県の津南に撮影地を定めたのはその地の雪が「しめって」いることに引かれたからだったと語っている。「雪の刻」の英訳は“THE TIME RULED BY SNOW”(雪に律された時間)。津南では5月の連休にも谷には雪がまだ残っている。早い年には12月から積雪を見るこの地域ではほぼ半年が雪の季節となるが、その雪が溶けた水は、谷にあふれ、川にそそいでさまざまな生き物を養い、また地にしみ、それらを吸い上げた羊歯や草や木々の葉が夏には山ひだに噴きあがる。雪はそのように、雪の姿をまとわない時期にもこの土地をおおい、つらぬいている。律している。 津南を流れる信濃川の最下流に位置する新潟(蒲原)平野は、排水機場の整備される以前には雪解け時になると低地の田の多くは水没し、それが引くのを待って田植えがおこなわれた。ユキシロ(雪解け水)後の田打ち(土の耕起作業)では間に合わないため、真冬にザイ(氷)で足を血まみれにしながらも、田を打ったという(金塚友之亟『蒲原の民俗』)。私が暮らすそんな平野部の側からあおぎ見るなら、上流にある津南を律する雪の刻を、みずの刻とも名づけたくなってくる。 雪の刻であり、みずの刻である「それ」は、雪をひとつの仮の姿として、まさしくその地にさまざまな姿や気配、音、匂いなどに変じて宏闊(こうかつ)に浸潤している。写真集のひとびとは目だけでは受け止めきれないそれに、それらに、耳を澄まし、肌を澄まし、体を澄ましている。そのような、土地のひとびとにはあまりに自然であり、働きを意識されないほどの感覚のありかたに、雪のまれな土地に生まれた写真家がおどろいて撮り、編んだ自然と人の本のページを開くとき、まるで見知らぬようにも思える美しい世界の鏡面に、みずの土地に生まれ、生きる私たちの自画像がたしかに揺曳していることを発見する。 かつてはユキシロが低地にあふれたこの時期(4月~6月)に、中井の「雪の刻」を紹介する展示を、ここ砂丘館で開催できることがうれしい。 大倉宏(砂丘館館長) ギャラリートーク1 4月23日(日)13:30~15:00 中井菜央×大倉宏 ギャラリートーク2 5月13日(土)18:00~19:30 中井菜央×佐藤正子(写真展企画制作) 佐藤正子(さとう まさこ) 上智大学文学部新聞学科卒業。PPS通信社入社後、写真展の企画制作に携わる。2013年、展覧会企画制作会社コンタクト設立。写真を中心とした展覧会の企画を中心に、ロベール・ドアノーの日本国内での著作権管理、編集企画にも従事。これまで、ロベール・ドアノー、ジャック=アンリ・ラルティーグ、植田正治、牛腸茂雄、ソール・ライターなどの国内巡回展企画制作に従事。 いずれも定員25名 参加料500円 申し込みは砂丘館(tel.fax.025-222-2676 E-mail yoyaku@bz04.plala.or.jp)へ ファックス、メールの場合は参加人数、連絡先(電話番号)を併記してください。 *いただきました個人情報はこの催しに関するご連絡以外には使用いたしません。 申し込み開始 4月5日