50人のわたし 児玉晃の自画像展の画像

「コンポジション十」 2005年 油彩、キャンバス 162×112cm

画集刊行記念

50人のわたし 児玉晃の自画像展

  • 作家名:Kodama Akira
  • 開催期間:【終了しました】2014年 10月9日(木)~11月9日(日)
  • 開館時間:9時~21時
  • 定休日:月曜日(10/13、11/3は開館)、10/14・11/4振替休
  • 料金:観覧無料
  • 主催:砂丘館

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老年期。

年々違っていく<私の体>を絵で見つめ続けた、

生命の記録。

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作者の児玉晃は岩手県北上市の生まれ。10人の兄弟姉妹の7人が病気、戦争で亡くなる少年時代を過ごし、戦後盛岡で描き出した絵で高い評価を受けます。東京に行き色彩研究所の所員となって働きながら、自由美術協会展に出品、会員となります。

若き日に数点の自画像を描いた児玉が、再び自分に向き合ったのは、63歳でアレルギー性の血管炎という難病にかかった年でした。それから10数年、81歳で亡くなるまでに、病と老いで変貌していく顔と肉体を、リアリズムをベースとした作風で描き続け、40点以上もの自画像を残しました。

絵の中での児玉は、時におどけるように、あるいは苦渋を演じるように顔をゆがめ、こぶしを振り上げたり、首を吊ってみたり、人体標本になったりと、さまざまな姿を見せています。マイナスイメージで語られる<老病死>を、こんなふうに、好奇心豊かに、果敢に、真摯に、そしてユーモアさえ感じさせる姿勢で向き合った人がいたことに、大きな衝撃と感動を覚えます。

本展のきっかけは砂丘館館長の大倉宏が、長岡造形大学の講師同士として児玉に会い、没後遺族宅でこれらの不思議な自画像に出会ったことでした。奥様の児玉美子さんの全面的ご協力のもと、画集『50人のわたし 児玉晃の自画像』刊行を記念して、初期と晩年の自画像から44点を展示する初の遺作展を新潟で開催します。

 

作家プロフィール

児玉 晃(こだま あきら):1930年岩手県北上市生まれ。51~ 53年岩手県立美術工芸学校、同盛岡短大美術工芸科で洋画を学ぶ。林武、松本竣介に惹かれ影響を受ける。54年東京に転居し財団法人日本色彩研究所に入所。55年から自由美術協会に出品。91年「人物K」が同展平和賞受賞。93年アレルギー性肉芽腫性血管炎(チヤーグ・ストラウス症候群)の診断を受け、2010年まで10数回の入退院をくり返す闘病生活始まる。この年から制作を始めた自画像が最後には40点以上に。色彩研究への貢献が評価され95年藍綬褒章、01年勲五等双光旭日章を受章。97年色彩研究所を退任後は多摩美術大学、女子美術大学、長岡造形大学等で講師を務める。東京での個展のほか、郷里北上市の鬼の館で二人展(03年)、新潟でも新潟絵屋(03、04年)、画廊Full Moon(04年)で2人展・個展で発表。2011年1月31日脳梗塞のため死去、81歳。アトリエでの葬儀では沢山の自画像が飾られた。

 

<会期中の催し>

◆ギャラリートーク「児玉晃と自画像の思い出」

お話:児玉美子、聞き手:大倉宏(砂丘館館長)

10月26日(日)14:00~15:30 【終了しました】 参加費500円(予約不要、直接会場へ)

 

「あ~んの自画像」 2006年

「絵を描く自画像」1999年

児玉晃展 会場風景

<同時刊行>

◆ 画集「50人のわたし 児玉晃の自画像」

定価:2,000円(会期中特別価格:1,500円)

発行:児玉美子、編集:砂丘館
ブックデザイン:上田浩子
80 ページ、カラー図版50 点掲載
サイズ:19.6 ×19 .0cm.0cm
テキスト:大倉宏 「老・病死を見つめる<絶筆の連作>としての自画像群」、児玉美子「自画像の思い出」

☞新潟絵屋、砂丘館にて販売中 (送料負担にて、取り寄せも可能です)